imagine 事件や事故を想像してみる

悲惨な事件や事故が多いですよね。想像できないのか?そして学べるものは学ぶ、  繰り返さない・自分を守るために

他人の不幸で自分の幸せをみにしみて感じるんですね

良くない事・不謹慎な話しなのは十分わかっていながら

他人の不幸から、自分の普通に対する幸せを感じてしまう。

他人が不幸でなければ、普通は普通で、幸せとは思わないのでしょうか。

普通っていう幸せ。

普通っていうのは、普通の生活を送るというか

ただ、五体満足で健康体で生まれたってだけで、十分試合だと感じて欲しいし、かんじるべきだと思った。

盲目長男が任天堂に送った手紙のニュースを読んだ

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  • 自分が目が見えないとした場合
  • 自分の子供が目が見えない将来を送らなければならない場合

今の自分と比べて、不自由な生活を送らなければならず、不幸で悲しく思えてしまいます。

それは、今の自分と比べているのと

今の自分は、それだけで満足すべきだと思わされます。

「命を取るか両目をとるかどちらか決めてください」

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合理的に考えれば、答えは1つしかないですけど、

もしも、自分が子供に対して置かれた立場としたら、この選択肢しかないことに悲しくて仕方なくなってしまいます。

人生の選択肢の多さが幸せなのかもしれませんね。

 

幸せって他人と比べないとわからないのか?

幸せって絶対的なものでなく、相対的なものなのかもしれません。

先ほどの、

  • 人生の選択肢の多さ

というのとも、多いか少ないかは、相対的にしか決まりません。

それしかなければ、それが全てですが

他と比べると、初めて多いとか少ないとか感じます。

「障害があっても不幸ではなく、障害に負ける心が不幸なんだ」

とても心に響いた言葉でした。

その通りでもあり

悲しくもあります。

しかし、仮に自分が同じ立場だとしても、あるものを受け入れるしかないということですね。

幸せとか不幸せではなく、置かれた環境でどれだけ楽しく暮らせるかが人生の全てなんでしょう。

 

幸せとか不幸とかではなく、五体満足は恵まれてる環境ということを心に刻みました。

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